夕暮れの路地に暖簾を掲げる東京の銭湯の外観
随筆 · 暮らし

銭湯はなぜ若者に戻ってきたか——東京23区の公衆浴場の2010年代以降

Photograph — Lin Mei (via Unsplash)

2026年4月24日 6分で読める

夜9時の高円寺、小杉湯の前には人が並んでいる。ほぼ全員が20代から30代で、入浴セットを収めたトートバッグを肩にかけている。東京23区の銭湯の多くが夜10時30分で営業を終えるため、仕事帰りの時間帯はどこも混み合う。この風景は、10年前であればほとんどあり得なかった光景である。

長期的には減少を続けてきた日本の銭湯が、2010年代後半から都市部で若い利用者を取り戻しつつある。東京都公衆浴場業生活衛生同業組合の統計によれば、東京都内の公衆浴場数は1968年のピーク時の約2,600軒から現在は500軒前後にまで減少した。ただし、同組合が把握している新規開業や継承事例、既存店の客層変化を見ると、減少の速度は近年鈍化している。単なる衰退ではなく、業態としての再定義が進んでいることが、この鈍化の背景にある。

数字が示す底打ちの兆候

厚生労働省の衛生行政報告例によれば、全国の公衆浴場の施設数は依然として減少基調にあるものの、東京・大阪・京都などの都市部では減少率が以前より緩やかになっている。特に東京23区においては、銭湯の閉店数そのものは続いているが、一店あたりの利用客数が若干増加している店舗が2010年代後半以降に現れ始めた。

この変化の主役は、20代・30代の単身世帯である。東京都の住民基本台帳によれば、23区内の20代・30代の単身世帯比率は2010年代を通じて上昇している。ワンルームや1K物件でのユニットバス生活が、若い世代にとって定着した住居スタイルとなった。狭いユニットバスでの入浴と、広い湯船を備えた銭湯の入浴は、同じ「風呂」という言葉でくくれない異なる体験である。その差分が、銭湯に人を呼び戻す基礎的な動機になっている。

リノベーションが生んだ「ネオ銭湯」

Casa BRUTUSが2016年以降、断続的に銭湯特集を組んできたことからも分かるように、銭湯への関心はデザイン文脈と切り離せない。高円寺の小杉湯、渋谷の改良湯、目黒の金春湯、北千住の大黒湯——これらの店舗は、タイル壁画の保存、照明の再設計、休憩スペースの現代化といった物理的な改修を行いながら、SNS世代の感覚に訴える視覚的経験を作り出した。

設計者たちが共通して語るのは、銭湯の本来の建築的資産——高天井、ペンキ絵、木枠の脱衣棚、富士山を描いたタイル——を消さずに、現代の清潔感と居心地を両立させる改修の難しさである。建築家の今井健太郎が手がけた都内の複数の銭湯改修では、タイル工事・タイル保存・配管更新のコストが通常のリノベーション予算を大きく上回った。それでも、設計の意図が明確な銭湯は、開業後に若い客層を継続的に引き付けている。

タイル絵を残すか、塗り替えるか。たった一枚の壁の判断に、銭湯の未来に対する考え方が現れる。

— Casa BRUTUS 2019年銭湯特集

SNSでの可視化と「行く理由」の変化

銭湯の若返りには、Instagramをはじめとする画像中心のSNSの影響が大きい。モザイクタイル、銭湯絵、煙突、暖簾といった視覚的要素は、写真映えしやすく、行くこと自体が共有可能な体験になった。もっとも、これを「SNS映え目当て」と単純化することは正確ではない。

銭湯組合や個別の店主への取材記事が朝日新聞や東京新聞の地方面でしばしば報じるのは、リピーター客の多くが映えを目的にせず、生活の一部として銭湯に通い始めているという事実である。最初はSNSの画像で知り、試しに行き、そして通いの習慣が形成される——このプロセスを経て、観光的な消費が生活的な習慣に変わっていく。これは、飲食店や独立書店についても観察される共通のパターンである。

改修された銭湯では、モザイクタイルや木枠の脱衣棚といった昭和期の設計資産が意図的に残される。 Photograph — Marek Okon (via Unsplash)

経営実態と継承の課題

一方で、銭湯経営の現場から見れば、事態は必ずしも楽観的ではない。公衆浴場組合の複数の理事が業界誌やインタビューで指摘するように、営業店舗の多くは依然として経営者の高齢化と燃料費・水道費の上昇に直面している。若い客が増えても、家族経営の店主が80代を迎えた段階で継承者が見つからなければ、店は閉まるしかない。

この構造的課題を受けて、いくつかの新しい試みが現れている。株式会社小杉湯のような法人化、複数店舗を運営する経営モデル、クラウドファンディングを通じた改修資金の調達、銭湯を軸とした複合施設(カフェ・コワーキング・書店との併設)。これらは、個別の成功例ではあるものの、業界全体の縮小傾向を反転させるほどの規模には至っていない。

「身体を伴う場」への回帰として

銭湯の若返りをより大きな文脈で理解すると、2010年代後半以降の都市生活における「身体的な経験を伴う場」の相対的な価値の上昇という流れの一部として見えてくる。オンラインでの仕事・会話・消費が拡大した時期と、銭湯・サウナ・温浴施設への若年層の関心が高まった時期は、ほぼ重なっている。

サウナブームと銭湯の若返りは別の現象として報じられることが多いが、両者は共通の基盤を持っている。どちらも、身体をゆるめる時間を他人と共有する空間であり、スマートフォンを物理的に持ち込めない場所である。この「接続の断絶」が持つ価値が、長時間のオンライン接続を前提とした生活様式のなかで再発見された。

編集室の観察

銭湯の若返りは、過去への郷愁ではなく、現在の都市生活への応答として理解すべき現象である。狭いワンルームで暮らし、オンラインで働き、一人でいる時間が多い若い世代にとって、広い湯船と顔見知りの常連客がいる場所は、単なるレトロな消費対象ではなく、生活の基盤として必要な要素に近づいている。

ただし、この若返りが長期的にどこまで持続するかは、建物そのものの老朽化、継承者問題、エネルギーコストなどの構造的な壁をどこまで超えられるかにかかっている。ネオ銭湯のリノベーションが話題を生んでも、基本的な水道光熱費の圧力は変わらない。今後10年間で残り続ける銭湯と消える銭湯を分けるのは、設計の新しさではなく、地域との関係と経営モデルの持続可能性かもしれない。下町の再発見と同様、銭湯の今後は建物単体ではなく、街区と暮らしの文脈のなかで決まっていくだろう。