Photograph — Spacejoy (via Unsplash)
木目の梁、漆喰の白壁、障子風の格子、畳の間、そして無塗装の木製家具——この視覚的な組み合わせは、2010年代以降の日本の新築住宅で最も頻繁に見られる意匠の一つになった。実用性とデザイン性を両立させた価格帯の注文住宅から、建売住宅の広告ビジュアル、住宅情報誌の施工事例まで、ほぼ同じ視覚的語彙が反復されている。この「和モダン」と呼ばれる意匠領域は、1990年代後半から2000年代にかけて形成された。
『新建築』住宅特集、建築学会誌の関連論文、そして住宅メーカー各社の商品開発史を追うと、和モダンが生まれた過程には、伝統的な日本家屋でも完全な欧米的モダンでもない「第三の道」を模索する複数の動きが重なっている。その中心にいたのが、無印良品の「家」プロジェクトと、住宅メーカーが2000年代以降に投入した一連のシリーズである。
1990年代までの住宅デザインの二極化
1990年代までの日本の住宅デザインは、大きく二つの系統に分かれていた。一つは、和室・畳・床の間・障子を中心とする伝統的な「和風住宅」。もう一つは、洋間・フローリング・ダイニングキッチン・洋式便所を備えた戦後以降の「洋風住宅」である。大半の新築住宅は後者を基本としながら、和室を1室だけ併設する折衷型が標準となっていた。
この折衷型住宅では、洋室と和室が明確に分断され、両者の間にはドアや段差があった。建築家・黒川紀章や安藤忠雄といった建築家が手がける建築作品とは別に、一般的な住宅市場では、意匠の統合はほとんど進まなかった。住宅金融支援機構のフラット35利用者調査の長期データを見ても、1990年代までは住宅の内装が量産型の洋風スタイルに収斂する傾向が強かった。
無印良品の「家」が開いた方向性
2004年に販売開始された無印良品の「木の家」は、この二極化を突破する提案として位置付けられた。無印良品の公式資料『MUJIの家』および関連書籍が詳述するように、このプロジェクトは「骨組みの美しさ」「壁を減らして空間を連続させる」「素材の質感をそのまま見せる」という設計方針を持っていた。
重要なのは、これらの方針が、伝統的な日本家屋の設計思想(小割りの部屋、素材の誠実な使用、空間の連続性)と、北欧やアメリカ中西部のモダニズム住宅の思想(オープンフロアプラン、機能美、シンプルな装飾)の、ちょうど中間点に立っていたことである。無印良品の「家」は、どちらか片方を選ぶのではなく、両者に共通する要素を抽出した。
無印良品は住宅メーカーとして大規模ではないものの、その提案はメディアを通じて広く認知され、その後の住宅デザイン全体に影響を与えた。SuMiKa、MUJIの家、そして大手住宅メーカーの「和モダン」シリーズは、それぞれ異なる設計アプローチを採りながらも、共通の美学的方向性を共有している。
日本の住宅の原型に立ち返るのではない。その原型を、現代の生活と素材の言葉で書き直す試みである。
— 『MUJIの家』公式資料
プレファブ住宅と和モダンの融合
セキスイハイム、ミサワホーム、住友林業、積水ハウスといった大手プレファブ住宅メーカーは、2000年代半ば以降、それぞれ「和モダン」コンセプトのシリーズを投入した。これらは無印良品の「家」ほどラディカルな設計ではないが、基本的な美学的方向性——木質感、白・ベージュを基調とした配色、開放的な間取り、畳コーナーの柔軟な組み込み——を共有している。
プレファブ住宅の強みは、和モダンの意匠を量産・標準化できる点にあった。建築家の一点物の作品として生まれる和モダン住宅は、一般家庭には手の届かない価格帯にあったが、プレファブ各社が2000年代後半に展開したシリーズは、それを普及価格帯で提供可能にした。
もっとも、量産化は意匠の画一化も招いた。複数メーカーの住宅を並べると、違いを見つけるのが難しいほど似通っている。これは、和モダンの美学が「引き算の美」を基調とするため、各社が独自色を出しにくいという構造的な問題でもある。『新建築』誌上でも、この画一化への建築家からの批判は繰り返されている。
伝統建築からの距離
和モダン住宅が伝統的な日本建築とどう異なるかを考えると、決定的な違いは「間取りの発想」にある。伝統的な和風住宅は、中廊下を中心に複数の個室が並ぶ平面構成を持っていた。それに対し、和モダン住宅はリビング・ダイニング・キッチンを連続させるLDK構造を基本とし、そこに和風の素材・意匠を組み合わせている。
つまり、和モダンは伝統的な和の「空間構造」ではなく、「視覚的な記号」を継承している。木・紙・土・竹といった素材感、直線的なプロポーション、障子を連想させる格子模様——これらの記号的要素が、洋風のオープンフロアの上に重ねられている。この意味で、和モダンはハイブリッドではあるが、建築構造そのものは洋風寄りである。
SuMiKaと建築家マッチングの試み
2010年代に登場したウェブサービスSuMiKaは、建築家と施主を直接マッチングする仕組みを広く知らせた。これにより、かつては富裕層の選択肢だった「建築家設計の住宅」が、中堅層にも現実的な選択として認識されるようになった。
SuMiKaに掲載される住宅事例は、プレファブメーカーの画一的な和モダンよりも多様な意匠を示している。ただし、傾向としては共通の方向性——木質感、シンプルな仕上げ、開放的な間取り、庭や中庭との連続——が観察できる。これは、2010年代以降の「よい住宅」とはどうあるべきかという共通認識が、建築家コミュニティの中である程度形成されたことを示している。
世代間で異なる受容
和モダン住宅の受容には、明確な世代差がある。昭和一桁から昭和20年代生まれの世代は、「和モダン」が伝統的な日本家屋より「現代的」で「便利」であることを肯定的に受け止めるが、意匠そのものにはそれほど強い愛着を持たないことが多い。一方、昭和50年代から平成生まれの世代は、和モダンを「日本らしさ」と「モダンさ」を両立させる選択肢として、ポジティブに受容する傾向がある。
この世代差は、各世代が成長過程で見てきた住宅風景の違いに由来する。戦前・戦中派にとって和風住宅は日常だったため、その延長線上の意匠に新鮮さを感じない。平成以降の世代は逆に、完全な洋風住宅の中で育ったため、和の要素を意図的に取り入れることに新鮮さを感じる。ミニマリズムの実践と同様に、世代によって同じ意匠の意味が大きく異なる。
編集室の観察
和モダン住宅は、1990年代から2020年代にかけて日本で形成された、最も成功した意匠カテゴリの一つである。量産住宅の標準的な視覚言語となり、新築住宅の広告、住宅情報誌、インテリア雑誌の大半を占めるに至った。この成功は、日本人が自らの住まいにどのような「日本らしさ」を求めるかの答えとして、和モダンという中間領域が機能したことを示している。
編集室として今後注視したいのは、この成功がもたらす画一化への反応である。和モダン一色になった2020年代の住宅市場に、次にどのような意匠の流れが生まれるのか。伝統建築への本格的な回帰か、あるいは北欧・地中海といった他の海外スタイルの流入か、気候適応型の新しいデザイン語彙か。二拠点生活や地方移住の広がりとも関連しながら、住まいの意匠言語は次の段階に入りつつある。